「バリアフリーコンサルティング」が企業に必要な理由
8月17日に、弊社代表の川添高志が、株式会社バリアフリーカンパニー代表取締役の中澤信(なかざわ・まこと)さんにインタビューをおこないました。日本の「バリアフリー」は今どうなっていて、今後どうなるべきか。ドコケアが担うべき役割は何か。中澤さんの経験と蓄積から学びます。
起業の経緯
川添高志(以下川添):まずは、「バリアフリーカンパニー」起業に至る経緯を、改めて教えてください。
中澤信さん(以下中澤):以前は民間企業に勤めていました。もともと私は「障害者枠ではなく一般枠で採用するなら行ってやる」というくらいの考えでいて、その会社も私を「一般枠」で採用した会社の一つでした。会社での仕事は、自分の希望をかなり尊重してくれましたが、(障害も含めて)自分ならではの仕事ができるわけではありませんでした。
中澤:そんなとき、アメリカに行って、日本とはまったく違う世界があることを知りました。成田で飛行機に乗った途端から、何も不自由がなかったんです。ただ、裏を返せば、海外から日本にくる人はえらい目にあっているだろうなと考えました。
中澤:そういう考えから、私は赤十字語学奉仕団で海外から来る障害者を支援するボランティアに参加しました。当時、(1964年の)東京オリンピックのときに集めた情報をもとに作られていた英語版『アクセシブル東京』をもとに、新たに日英併記版のバリアフリーガイドブックを編集することになりました。これは、海外から来る障害者だけでなく、日本の障害者とその家族、また日本の企業にもこのガイドブックを読んでもらおうという考えからです。この日英併記版は、ちょうど長野オリンピック・パラリンピックの前に完成しました。
中澤:このガイドブックは、ホテルやレストランやデパートに実際に行き、そこのバリアフリー度を確かめる本でした。その現地調査をする過程で、「うちもバリアフリー化したいが、どうしたらよいかわからない。教えてくれるところはないか」という声がたくさんありました。私は、赤十字語学奉仕団での活動をボランティアでやっていただけでしたが、バリアフリーコンサルティング事業が生まれてもいいはずだと考えました。そのあと、準備期間を経て、2001年に会社を退職して、新たに会社を始めました。
バリアフリーと企業活動
川添:日本と海外とで圧倒的に違う点や、それにかかわるエピソードがあれば、教えてほしいです。
中澤:これまでに30か国ほど見てきて思うこととして、やはり日本は国全体の考え方が遅れているし、遅れているという意識すらない「ガラパゴス」なのだということです。これを変えるためには、国に頼っていてもいつまでも時間がかかるだけでしょうし、また世界的にみて日本人社会がどういう状況なのかを自ら学ばないと始まりません。
中澤:これまで、このような問題意識を共有する企業を中心としてコンサル事業を進め、多くの業界トップの企業とバリアフリー・ユニバーサルデザインを広めていく活動を進めてきました。そして、日本でも障害者権利条約(2006年採択)に基づいた世界的ムーブメントに影響を受けて社会がこれから変わっていくかなというところで、今回の新型コロナウイルス感染症がありました。とはいえ、コロナがあったことで、むしろ考える時間があったのかもしれず、企業からの問い合わせが多くなっています。
川添:企業は、何をしようとして中澤さんに相談するのでしょうか?
中澤:最近であれば、障害者差別解消法(2016年施行)を守っていなければ、ビジネスを進められなかったり、訴えられたりします。そういうことがないように、解消法でうたわれている「合理的配慮」とは何であるかを全社で学ぶためのコンサルティングを頼まれることが多くなっています。
中澤:必要に応じて、研修をしたり教材を作ったり映像を作ったりしていて、また新しい店舗の設計にも携わっています。こういうことを、業種ごとにやっています。とくに、障害当事者との交流が足りてないので、研修を通して学んでもらっています。その成果がひとつの会社から業界全体に広まるための手伝いをしているわけです。そのために、できるだけ様々な業界のトップ企業を狙って――狙ってといっても、実際には相手企業側から相談されるのですが――やっています。
中澤:その過程では、「障害者の気持ちを理解する」などというレベルではなく、障害のある人を企業においていかに戦力化するかを考え、そのような人々の存在は企業にとってプラスになるという認識を共有するような企業を作っていこうと考えています。
バリアフリーと新型コロナ
川添:新型コロナウイルス感染症をきっかけに変わっていきそうなところは、あるでしょうか?
中澤:たとえば、今のテレビ電話にしても、これまでは(企業の活動において)普通は使われていませんでした。しかし、移動に困難がある障害者からしてみれば、これは助かる技術です。今でこそ、コロナの関係で多くの人がこういう技術を使っていますが、こういう通信技術の使用歴については障害者がむしろ先輩だということになります。
中澤:とくに、今はテレワーク疲れをしている人が多くいます。これはツールが貧弱だからです。もしこれを改善しようとするなら、障害者は、こういう技術を使ってきた経験にもとづいて、改善点の提案がうまくできます。これは、いわゆる「障害者のための改善」ではなく、社会の多くの人が生きやすくなるための改善です。ちょうど、それについて企画書を書いているところです。
バリアフリーと社会問題への取り組み
中澤:今の若い人々は、社会問題への取り組みが企業の大きな目的のひとつだと考えているようです。残念ながら、それより上の世代はそうではありません。こうした価値観・考えのギャップを埋めていくことが大事です。
中澤:バリアフリーが整っている他の先進国と日本とのあいだの違いは、個々の事例における違いというよりは、社会全体の違いです。もし会社の社員が海外に出張するのであれば、本来は、現地の社会がどんな仕組みで回っているかを見てこないといけません。自分の仕事に関係あるところだけ見ていてはいけません。バリアフリーについていえば、欧米では、国や自治体が何をしているかというより、バリアフリー関連の考え方がごく自然にあって社会全体に組み込まれています。支援が必要だったら支援をする、というふうに。
中澤:たとえば、私がアメリカに行ったときのことですが、支援を申し出られて「大丈夫だ、ありがとう」と返すと、「気をつけて行けよ」となっておしまいです。日本だとどうでしょうか。「必要だと思って手を出してやったのに、失敬なやつだ!」と返されます。アメリカでは、幼少期から、障害のある子供を含めていろいろな人に囲まれて育つことが当然とされています。いろいろな人がいるということを、特別に勉強して「学ぶ」わけではなく、そうであることがあたりまえになっています。
中澤:それでも今の日本では、若い世代の人々は、そういう情報を提供しさえすれば吸収する用意が整っているように思います。問題は、実際に社会を牛耳っている上の世代をどう変えるかです。私も、コンサル相手の会社の研修では、相手の世代によって教材を変えていますし、またスタッフのメンバーとしても様々な年代の人に入ってもらっています。
中澤:私の周りには、普段から一緒に活動をして互いに学ぶという関係にある人はたくさんいますが、弊社のスタッフとしては人がそれほど多くなくていいのです。プロジェクトごとに必要なメンバー(フェロー)が集まって仕事をしています。
川添:まさにバリアフリーのプラットフォームカンパニーですね。
中澤:そうです。ですから、会社のマークとして車椅子マークではなく橋のマークを使っています。人と人、心と心の橋渡しをするためにこの会社があるのです。
川添:バリアフリーカンパニーは仕組み自体が画期的だと思います。
中澤:起業時から、こういうことを専業でやっている人がいなかったので、一人でやっていくしかないと思っていました。しかし、実際にやってみると、あちこちにいろいろな人がおり、自分ひとりでできることは小さくとも、かれらと組むことで大きなことができるとわかりました。
ドコケアの今後
川添:ドコケアには、中澤さんが言っていることに通じるところがあります。外出支援を必要とする人は増えているし、家族は介護負担が大きくて誰かに頼りたいし、また「助けたいけど……」という人がそれなりにいます。この点に応えるためのプラットフォームとしてドコケアを作り始めました。一人一人がやれることをちょっとずつ出し合うというのが大事なコンセプトだと思います。また、場を用意しないと日本人はなかなか自分から出てこないという問題があり、日本ならではのバリアフリー・外出支援のしくみというのが大切だと思っています。そのような観点から、ドコケアが今後大切にすべき点や、ドコケアが今後強みになる点は、あるでしょうか?
中澤:社会貢献をしたい、当事者とコミュニケーションをとりたい、などと思っている会社は多くあります。そうやって動こうとしている企業があればそこを支援するという形で私たちは活動しています。こちらが資料を用意するなどして「ネタ」を用意すれば、それを待っているところはたくさんあります。
川添:社員が働き手となるというところもあるでしょうか?
中澤:あります。プロボノ(pro bono publico)と同じような感じです。
川添:消費者・お客様向けでいうと、どういう業界とドコケアは組むべきでしょうか?
中澤:どこでもですよ。私はあらゆる業種をあたっています。旅行業界やサービス業だけではありません。もちろん、現在のようなコンサルをやっているのは、私一人しかいないからそうせざるを得ないというのはありますが、できるだけ底辺を広くしていきたいと思っています。
中澤:こういうプログラムも提供しています。企業の研修としては、まずは障害の種類・国連条約・国内法についての基本的なものをやり、そのあとで当事者を交えた一日ワークショップをしています。このワークショップのなかで、川添さんの活動を紹介することができます。もしくは、弊社が東大先端研と一緒にやっているプロジェクトに関連付けることもできます。こちらでは、社会問題の解決のためにどんな動きがあるかを学生に紹介する学びの場を作っています。
川添:話を聞いていて、大学生がドコケアを通して障害や病気をもつ人々と触れ合う学びの場になると考えました。そのような教育的意義はありそうでしょうか?
中澤:いいと思います。ただし、たとえば20人を集めて大人数でやってもよくありません。以前やって評判がよかったのは、学生と障害者とがグループを作って東京中を動き回り、その道中で互いに聞きたいことを聞くという活動でした。実際の街がバリアフリーの観点からみてどうなっているかも学べます。これは、ドコケアに参加する人たちに向けた、広い意味での研修になるかもしれません。
事例研究と体験
石田:仮に海外の事例をまねて手っ取り早くバリアフリーを整えるなら、どの国・地域のどういう実践が日本社会で無理なくやれそうでしょうか?
中澤:「手っ取り早く」というのは、ありません。社会全体が違いますから。
石田:たとえば、同じ西洋先進国のなかでもイギリスとドイツではバリアフリーまわりで違いがあるとか、日本社会への導入のしやすさが違うとか、そういうことはないでしょうか?
中澤:ヨーロッパ内では、あまりありません。アメリカではあるかもしれませんが。もし僕が一人で住むとするとどちらがいいかといえば、国ごとに制度が違いますが、ハード面を含めて平均的にレベルが高いのはアメリカです。ヨーロッパは(街が)古いので、ハード面で整っているところが限られます。
石田:たしかにそうですね。たとえば、今からロンドン地下鉄の完全バリアフリー化工事をするというのは、どう考えても非現実的ですもんね。
中澤:そうは言っても、ニューヨーク地下鉄も、それ自体ではハード面でいえば遅れていますよ。しかし、地上を走るバス路線が、24時間、全車リフト付きで、くまなく走っています。その場その場で対応を考えていくという、まさに合理的配慮が、当たり前のようにどこでもできています。(日本も)そういう社会になったらいいなと思います。ですから、さっき言ったような研修活動をしているわけです。知識のことはもちろんですが、それだけではなく、実際にそれにもとづいたコミュニケーションができるようにならなければなりません。
中澤:他方で、日本の障害者もちょっと遅れています。我慢しなければいけないと思ってしまっています。たとえ障害者団体としてアクティブに運動をするわけでなくても、権利は権利として[考えて]日々生きることが大事です。ケンカしろと言っているわけではなく、コミュニケーションをうまくやって相手をその気にさせることが重要です。
中澤:こうしたコミュニケーションを介して、いろいろなビジネスにおいて何が必要なのかが見えてくるでしょう。先に触れた『アクセシブル東京』作成時にもそれを感じました。実はいろいろなところに意見やニーズが埋もれています。
川添:知識や情報やハード面ではなく、体験こそが大事だというのが、中澤さんの確信だと理解しました。
中澤:体験しないとダメです。今、小中学校や高校の同窓会をすると、「中澤がいたから俺たちは子育てもうまくできた。中澤がいることが当たり前だった。中澤の存在は大きかった」と言ってくれます。こういうことは、僕が小学校の頃から地域のみんなと一緒に育ってこられたからこその経験です。同じようにして理解する人が増えれば、ドコケアがサービスとして考えていることが、誰でも当たり前にできるようになるでしょう。
石田:いい意味での「おせっかい」のようなしかたで、ですね。
中澤:そうです。
中澤:さきほどの話になりますが、「いい事例がないか?」という質問に対しては、「ない」と答えます。日本では、自治体を中心に、みんなそういう聞き方をしてきますが……。他方で、企業はだんだん変わってきました。
新屋:とすると、バリアフリーやドコケアのことを広めるとすると、自治体よりも、そういう声を挙げている企業から広めていくほうが有効だということでしょうか?
中澤:そうだと思います。政治家には日本をなかなか変えられません――変わる頃には僕は死んでいますね(苦笑)。企業といっても、スタートアップをはじめいろいろな企業があります。そういう、失敗しながらまた成功を目指すというような人々が増えてくれればいいと思います。
中澤さんとのやりとりを通じて、日本で「バリアフリー」を考える上での課題と展望が少しずつ見えてきたように思われます。とくに、海外に目を向けるにしても適切なやりかたとそうでないやりかたがあるということや、おためごかしでない「バリアフリー」を目指すならどのようなアプローチをしなければならないか、これらはドコケアにとって非常に大きな示唆を与えてくれるポイントであるように思われます。
中澤さん、ありがとうございました。